愛猫へいくろう君の訃報、追悼文[文章版]※更新中

愛猫へいくろう君の追悼文

愛猫へいくろう君の訃報、追悼文[文章版]※更新中

【註記】未定稿です。一度も読み直しておりません。したがって校正もしておりませんので、誤字脱字等そのままです。[マルチメディア版]〔写真・動画入り〕は近く作成して掲載するつもりではあります。


2018年12月26日 水曜日 記す

葉良沐鳥

 



 昨晩の十時二十分頃、我が家の茶トラ猫の平九郎君が永眠いたしました。

 享年十五歳。来春には十六歳となるところでした。

 負のかけらも見当たらない善性に包まれた存在でした。

 子どもを授からなかったわたしたち夫婦の家庭にいつでも温もりと平穏を与えつづけてくれました。

 十四年間一緒に暮らしてくれたこと、ただ暮らすこととはかけ離れた大きなものをいつでも多々与えてくれたことに感謝するばかりです。

 稀有な善性のもち主、よき猫格、傑出した猫物でした。

 昨日まで、死の当日まで、子どもの頃から使っている専用トイレに、居間からかなり離れた場所に置いてあるのに、ヨタヨタと何度も足を運びきちんと用を足しました。

 最後までわたしたちのことの方を気遣う、ふたりを心配するかのようでもありました。

 死期が近づいているくたびれ果てた身体であるのに、数日前に自ら庭に出て遊びました。

 食事もほどよい運動も怠らず、日々の習慣は守ったまま、認知機能は一向に弱ることなく、あまりにも立派に逝き去りました。


 数年前に左傾部リンパ節の腫れが見つかり、二度の手術とかわいそうなことをさせてしまいました。原因不明、症例なし。リンパが筋肉に変化してしまう奇病と疑われ、疑っておりました。

 腫れが急激となり、体力の衰えが見られたので、獣医師の所見もあり、もうそろそろお別れだと覚悟したのが、一昨年前の秋のことでした。

 その頃からわたしひとりが寝室に居るときにも、訪ねてきてよく交流し、よく話し合うようになりました。幾夜もかけて、ありがとう、さようならと別れのあいさつをし、もしも転生してしまったならば、君はビジネスマン姿かもしれないし、こちらは街を逃げ回るカエルかもしれない。偶然にもすれ違った時にはお互いが分かるように合図を決めなければならないと、秘密の合図を取り決めてもいました。

 それからすでに二年と少し。よくここまで一緒にいてくれました。


 そんな状態であるのに、「まだこの子に海を見せていない」とのこちらの思いつきにも付き合ってくれて、自動車もすでに売ってしまっていたので、電車でとなった河津旅行にも元気に参加、十二歳にして初めて海を観て、海に少しだけ入りました。

 ここ一ヶ月の首の腫れは急速で、わたしはもっと一緒にいたいと欲を出したのでしょうか。自らもが左傾部リンパ腫(上咽頭がんからの転移)をして、五年生存率ゼロの末期の段階であったために、化学放射線療法もかなりきつく、郭清術も類を見ない範囲であったために、いくつかの身体の障害を抱えて生きることになりました(もちろん善き病院、優れ善意ある医師とスタッフたちであったから、わたしはこうして十五年後も生きて鳥の声を聴きチヌの刺身を食べ、文章を書いていられるのです)。治療中そのものも、生き地獄のような苦しさであるし、郭清術ともなれば生きることに苦も加わります。

 そのため当初は通常治療以外のことは一切しない。平九郎君が生きていることで苦しいと思うような身体や心には絶対にしない。年齢もそれなりのものである。このように夫婦で話し合い対応を決めておりました。どのように葬るかも決めておりました。

 しかし急速な腫れでいつでも食欲旺盛であった平九郎が餌を食べるにも水を飲むにも苦労している様子を数ヶ月間見て暮らし、腫れの進み方が急速となり、すでに巨大といってよい大きさともなれば、これでは腫瘍で圧迫されてしまい呼吸ができないのではないか、思うように身体を動かせてはいないのではないかと心配してしまい、妻にお願いして点滴による化学療法を近くの獣医で行ってもらったのが先週末のことでした。

 昨日は我が家にしては珍しく外に出かけました。体力づくりと健康維持のための、ある方に見習いやり始めた日課であるはずの散歩を怠っていたため、起きてみれば天気もよく、出かけよう歩こうと唐突なわたしの思いつきでした。

 途中、靴が壊れました。もしかしたら、もうダメだ、早く帰ってきてくれとの平九郎からの知らせだったのかもしれません。

 夕方に帰宅すると、やはり元気のない様子でした。

 昨日の朝には目の力が戻ってきたような気がして少し安心していたのですが、やはり老齢に化学療法はきつかったのでしょう。いくら頑張り屋の平九郎君でも堪えたのでしょう。

 仕事を簡単に済ませて居間に行くと、妻は平九郎に寄り添ってケアをしている様子でした。どうしたかと思えば、呼吸を苦しそうにしている。隣で夕食を取っているあいだも、大きく鼻から息を吹き出してつまりを解消しているかのようで(間近で猫の鼻の穴を見たことがないひとは、それがつま楊枝の先もとても入らない絹糸ほどの細く小さなものであることに驚くでしょう)。

 平九郎は痛さに強く、我慢強い。痛くても苦しくてもめったに声を上げたり、痛い苦しい様子を見せない。猫は不思議なことに、犬もですが、身体の不調にどのように対応すべきかを本能として先祖から授かっている。こちらが触ろうとすると嫌がるくらいで、自分自身でやり過ごし復調する術を身につけている。だから、苦しそうな呼吸に交じる聞いたこともない声にわたしはもっと注意すべきだったのでしょう。

 平九郎と妻を居間に残して、寝室に向かい将棋盤でもいじってから寝ようと、まだ将棋盤も出さない内に、寝室前のトイレに来た妻が居間に戻った後に小走りで来て、尋常ではない表情をしている。

 「たいへん!へいちゃんの呼吸がないの!」

 急いで向かうと、呼吸をしていない。でも身体は温かい。意識を覚醒すべく、心臓の働きを戻すべく、素人による心臓マッサージ。

 しだいに平九郎は体温を失ってゆき、冷たくなりました。

 それでも冷たくなるまで十分ほど。温かい平九郎の身体を撫でて、代わる代わるに抱きしめて、最期のお別れを交わす時間を残してくれました。

 いま思えば、妻の言うように平九郎はわたしたちの帰宅を待っていてくれた、わたしたちが帰ってくるまでは死ねないと、もうすでに身体は死の状態であったのに、わたしたちにお別れを言う前に息を引き取るわけにはいかないと善意と忠義の心意気だけで踏みとどまっていてくれたのかもしれません。

 ただただ感謝だけで、昨夜は妻とふたりでささやかなお通夜を行いました。

 平九郎の最期は驚くほど和やかな表情でした。

 居間を去り、寝室に向かったわたしが、平九郎の心肺停止を確認するまで、わずか五分ほどの出来事でした。


 クリスマスに亡くなるとは(――わたしの父はお盆の中日に他界した、お盆も回忌の法事もいつも同じ、命日とは性格により逝去する者が定めるものなのかもしれない)。

 しかしながらこの子は不運であったのでもないし、わたしたちに迷惑をかけたのでもありません。

 誰も信じないでしょうが、この子はわたしたちに迷惑をかけないようにこの日に去ろうと決めていたのだと思います。驚異的な体内時計と時候の周期感覚のもち主でした。


 わたしはどのように平九郎を埋葬するのかについても、一昨年前の秋に、加計呂麻の海を見せる約束をした時に、秘密の合図を取り決めた数夜のなかで、相談したり、ゆっくりと告げたりとしておりました。単語レベルならことばも多少は理解できる猫でした。

 身体の弱いわたしには多少負担となる作業ならば年内に済ませられるようにしてやらねばならぬ。年を越して叶うことのない期待をふたりにもたせてはならぬ。たまには年末年始を厳かに静かに過ごさせて、日頃忙しい夫婦だが自分の喪も十分に尽くしてもらいたい。そのような思いからこの日に立ち去ることにしたのだと信じております。


 ※ ※ ※


 不謹慎だとは思いながらも、あまりにも平穏である平九郎の死顔に驚嘆と畏怖の念から、葬送用の姿を撮影してしまいました。

 

 

 ※ ※ ※

 ほんとうに稀有な存在、猫物でした。

 ここのところ平九郎とふたりで朝食を取るのが常であったため、今朝は喪失感の始まりの気配となりました。

 こちらが用意して一緒に食べるのでもない。こちらを待つようにしつけしたのでもない。

 わたしが食べ始めると、平九郎はむくりと立ち上がりゆっくりと自分の食事コーナーに向かい一緒に食べ始めるのでした。

 奇妙な協調性、猫らしからぬ同調の力をもった猫物でした。

 気遣いや気配りも、この子特有の猫格であったように思います。

 土曜日の夜などに居間に長く家族で居る時。

 「しまった中さん1の傍らばかりにいてしまった、うっかりした」

 そうやって今度はわたしの横に来て寝転がる。これを一時間ほどの間隔で繰り返すのです。しかも妻の方に行き寝そべるまでの間にためらうかのように、寝そべったりお座りしてからもこちらをこっそり見ている(笑)。

 「大は気を悪くしないか、おいらがいなくなって寂しくないか」


 どちらかが寂しそうであったり悲しそうにしていると、必ず察知してやって来る。そして慰める。あるいは励ます。こうしたことも日常のことでした。

 数年前にわたしがストレス極まり眠れぬ夜を何夜も過ごしていた頃に彼が身につけた智慧と習慣。布団に入ってもわたしがまだ寝入っていないと気づくと、はっきりと聞こえる大きな音を無理に出して、舟をこぐかのような一定のリズムで、寝息のフリである息を吸ったり吐いたりを繰り返す。しだいにこちらは波に揺られているかのように、呼吸が深くゆっくりになり、いつの間にか寝てしまっている(笑)。


 我が家にやって来てから十年ほどはわたしのひとり息子、同じ時間を過ごしているのに種差があるので、その後はわたしの父。息子としても父としても誇りに思える模範でした。たくさんのことを学びました。

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 仕事をしながらこの追悼文を書いているので、気づけばもう十五時。家での書斎仕事の時には昼食時間の遅れの限界と定めている時間。そろそろ居間に下りて平九郎の様子でも見ようと思う。でもそこに平九郎はいない。これは喪失感の始まりに過ぎないと分かっている。平九郎の不在の空虚はますますと大きくなりわたしたちに重くのしかかろうとしているのだろう。

 しかしそんなことではダメだと、平九郎が最期の瞬間まで見せてくれた立派な姿に叱咤される自分がここに居る。

 だから下りて昼食を取る。食欲がなくても食べる。ひとりでの食事も、平九郎を寂しがらせないためと口実でスイッチを入れるテレビも、ひどく味気ないものだと知りながらも、下りて食べる。

 床暖房のない家で、居間はかなり寒い。弱った平九郎のために妻が買ってくれた電気カーペットが、ここ数ヶ月の平九郎の定位置だった。わたしは家で食事を取る時には、平九郎が寝そべっているそのカーペットの横に座り、食事を済ませる。十分ほどのことだけれども、臆病で恐がり、ひとりが嫌いな平九郎は安心した様子で、片手間のわたしの愛撫を幸福そうに受け止めてくれる。

 今秋になり体力が衰えるまでは、こちらが撫でようかという前に水平に勢いよく寝返り打ってお腹を出してしまうような子だった。撫で始めると、もっととせがむかのように、自分の頭を床に打ち付けて大きな音を出しながら、何度も寝返りを繰り返す子だった。


 わたしと平九郎は、初めからさほど仲がよかったわけではない。病気になりしばらく家に居た期間に急速に接近した。元気のないわたしが横になり休息している間、平九郎はたいてい足元に居た。冬には暖を取り合うかのようにいつもくっついていた。居間で仕事をし始めても、遊び始めても、だらしなくソファに寝そべるわたしの下にいつも居た。

 仲良くなってからは、一緒に近所を散歩するようになった。

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※ ※ ※

 平九郎君が我が家にやってきたのは、二〇〇三年の暮れだったか、いや二〇〇四年の初春であったような気がする。一歳と推定されていた。

 やって来た日のことはよく覚えている。

 もとの飼い主さんが運転する車の助手席に行儀良く座り、ガラス窓越しに初対面。妻に引き渡されるとなんの躊躇もなく腕に抱かれるおとなしい子だった。

 ここが次の家かと、どこか悟りきったように、すべて分かっているように、我が家の一員となった。

 サッカー遊びが好きで、手頃な大きさのものがあればすぐにサッカー・ボールの代わりにして、得意の前脚で蹴ってはボールを追いかけてまた蹴りと長めのドリブルのようなことをしている。おかげで我が家には赤く輝る玉やら壊れたおもちゃの名残である単体のねずみやら丸いものがいまでもたくさん残っている。


 さっそく居間に落ち着き、ひとりで遊ぶ平九郎。どこか寂しげではあった。遊びぶりがあまりにも見事なので、うっかり声を出して笑ってしまった。すると恥ずかしくなったようで、ソファの下に隠れて出てこない。昼過ぎからその日は日が暮れるまでソファの下に潜ったまま顔を見せることはなかった。

 ところが夜になり寝室でわたしたちが寝ようとしていると、音も立てずに平九郎は居間から寝室に下りてきてそっとドアを開けて、寝るのはココで一緒にでよいのかニャ?と妻の布団の隣で寝始めた。

 この子は元々は野良猫だった。想像するに捨てられてしまったに違いない。とても野生生活を経たとは思えない無防備さ、鈍感さ、のろまであった。

 半年と年齢が推定される頃に、心ある親切な横浜の若いご夫妻に拾われた。

 餌を取ることができずに、栄養失調で失明寸前、ふらふらというところだったらしい。それから半年弱、拾ってくれた夫妻のところで過ごした。そのお宅には先輩の犬、マルチーズ君が居た。小型犬は繊細な神経のことがある。どうしたものか悩んでしまったのかそのマルチーズ君はなんと円形脱毛症になってしまい、困ったご夫妻が引き受けてを探しているところ、妻が写真を見て飼う!と決めた。

 平九郎が猫であるのに「にゃあ」と鳴かずに、終始「ワン!」が鳴き声であったのは、まず間違いなくマルチーズ君と一緒だったからだ。

 十五歳で他界、十四年間わたしたちと一緒に暮らすことになったのは、このような経緯があったからだった。


 誕生日も横浜で拾われた直後に診断にあたった獣医さんの推定であり、その推定を踏まえて我が家で勝手に決めたものだった。


※ ※ ※

 いまわたしは二階の書斎でこの文章を書いている。

 先方のある仕事だけは終えなければならないが、どうしても記憶がしっかりしている内に平九郎の思い出を書いてみたいと思った。

 しばらく書斎で書いたりほかの作業をしたりとしている間に、実に冷静に、あるいは冷淡にこの文章を書いていることに気づいて驚く。

 食事の支度の合間に、寝室に行ってみれば、わたしはまたそこで声を出して涙を流し嗚咽していたのである。

 畳に寝そべると、視線の先には仏壇の前に置かれた棺代わりの葬送用のバスタオルの上に、まるで生きているかのようにいつもと同じ穏やかな表情の平九郎と目が合う。日常を取り戻したかのような錯覚を起こす。よくわたしが休憩していると、平九郎が来て同じような顔で茶々を入れに来たからだった。しかしそこにある平九郎はすでに死んでいる。生きていない。それなのに生きているかのような錯覚を起こす。昨日の晩も睡眠中に平九郎の声を聴いて、なんだやっぱり呼吸が止まったようにしていただけか、息を吹き返したんだと夢うつつに思う、そして朝目が覚めて手を触れれば冷たい、平九郎がもう二度とわたしの側に戻ってくることはないと自覚する。そして静かに涙が流れる。


※ ※ ※


 ともかく優しい子であった。

 平和主義者の模範かのようであった。

 ほかの猫にフーされても、ほかの犬にワンワン鳴かれても、「え?なーに」という体で黙っている。気配りの猫でもあった。南西諸島への旅行などで獣医に預けて出かけることがあった。診察で行くこともあった。

 そうするたびに、「もしもし君はどこが悪いの?」、「大丈夫だよ、すぐに君の飼い主さんは迎えに来るよ」と、周囲の犬や猫をなだめていたという。これは獣医さんや看護師さん、また妻の証言。

 我が家に来た頃は、外を歩くことができなかった。

 たまには外を歩かせようと連れ出しても、恐怖で腰が抜けてしまい歩けなくなってしまう。

 野良猫時代にどのような怖い思いをしたのかは定かではない。

 通行する車をとくに怖れた。

 残念ながら以前の自宅は比較的交通量の多い場所だった。


 しかしこの子の善い点に、学習能力と努力がある。それらの力は老いてゆくごとに増していった。

 現在の仮住まいの借家には庭がある。

 驚くべきことに、自分から外に出たいといい、悠々と庭から周辺までを歩く。

 こちらが夜に帰ってくれば外へ出せという、朝に出かけようとればその隙に外に出ようとする。


 いま書斎に戻り急ぎのピアー・レビューの報告を送る。英国で刊行されるベルクソンの研究・入門書、昨夜読み終えたときの興奮はまったく消え去り、ただ淡々と報告文をフランス語で書く、心が疲れてしまうと脳も疲れてしまうのか前回送った時に書いたように英語で書こうとするけれども、小学六年生に戻ったかのように英語が一言も出てこない、非礼を承知でフランス語で書きつけ送り、ふと我に戻るとサブディスプレイに平九郎がこちらを見つめる写真が画面一杯にデスクトップ・ピクチャとは思われないリアリティをもち呼び掛けている。

 つい机の前に長居し過ぎてトイレも忘れてしまうわたしを、この写真のなかから平九郎はいつも、ダメだよ、もう戻ってきて、ぼくに会いに来てと訴えるのだった。

 時間が経つのを忘れて妻の帰宅にも気づかずに書斎で仕事をしていると、いつの頃からか、下で「中さんが帰ってきたよ!」と大声でわたしを呼び、それでも居間に下りないで居ると、階段を上って書斎まで来て、「おい、なにやってんだ!中さんももう帰ってきたぞ。みんなで憩いの時間だろ」とたしなめてくれるようになった。それでも区切りが悪いときには、「ごめんね、へいちゃん。いますぐいくからね。そうだな五分」――ことばの意味全体を理解などしているはずないのに、この子は聞き分けよく下りてゆく。そしてわたしが一時間後にやっと居間に合流するのを待つ。


 以前の家では書斎のある三階にもよく上がりひとり遊んだり書架の隙間で寝たりしていたようだった。しかし書斎に入ってくることは決してなかった。まだ赤ちゃんだった平九郎は書斎に入りたがりよく訪ねてきた。

 たいせつな書類をダメにされてしまったり、仮眠用のふとんにうんちをしてしまったことくらいで、わたしは厳しく叱った。そのしつけともならぬやり方で叱りつけたことを、平九郎は十五年間約束事として守りつづけて書斎は入ってはならないものと覚えたのだろう。猫だから「書斎」などという抽象的なシンボルや概念はない。「あの部屋」があるだけである。だから家が代わったことにより、入っていけない「あの部屋」はなくなった。いまわたしが書斎と呼んでいる部屋であり空間は平九郎にとっては「あの部屋」ではない。だから元気な頃には遊びに来てくれた。

 叱ったわたしの方が未熟であった。

 つまらないことで怒らずに、平九郎と長い時間を過ごすことの方がよほどたいせつであった。


 当時は、よくつぎからつぎへと本に刺した付箋を噛みもぎ取られた。付箋などという概念は猫にはない。ただきらきらとカラフルなものがあるだけだ。付箋などいくらだって抜き取ってよい。よかった。君が楽しいならばいくらでも。


 ひとりで居るのは嫌いだった。ふたりでもぱっとしない。家族三人がみんな揃っているのが好きだった。三年前、不調となりその後衰えて居間ではほとんど寝ているばかりとなってからも、わたしと妻が楽しそうに団欒していると、満足して自分も幸福であるかのような様子であった。

 全員が一緒であることを好んだ。


 わたしは生まれながらに、無駄に物事を多々考える傾向にあり脳が休まらず、そのために神経が高ぶり、目の前のより仕合わせな時間を忘れがちになる。そうしたときには、どうしたわけか「やりすぎだ」とタイミングよく平九郎が現れて、全身から溢れる「ほどほどにしようよ」という物質により、わたしを我に返らせてくれた。これからは自分自身の力でけじめをつける生活をしなければならない。



※ ※ ※

 なによりも優しい子でした。

 文字通り「虫一匹も殺さない」まま去りました。

 一度だけ、十歳を少し超えたあたりであったか、万事のんびり屋の平九郎は、テレビを観ることを中年期も過ぎてやっと覚えたのでしたが、その頃になんの虫であったか、小さな羽虫に攻撃をしたことがありました。

 子どもの頃、画面上を飛ぶ鳥に猫パンチをしてみたり、浴室の鏡に映った自分の姿にも同じく猫パンチをして、旋回して走って逃げたこともありましたものの、実際に他の生き物に猫パンチをあてたことは一度もありませんでした。

 テレビ画面で起きていることは、テレビ画面の中に実際の人や生き物、山や海があり動いているのではない。どういうわけか、どこかのものがここに映されていると覚えたのでした。


 その頃に、園子温監督『ラブ&ピース』をわたしと妻でDVDで鑑賞していたら、気づけばタワーの上から平九郎も夢中になり観ているのでした。興奮するわけでもなく、静かに淡々と物語の展開を期待しながらのめり込んでいる様子でした。

 猫です。集中して見ていても、なかなかテレビ画面の動きを理解するのは難しい。そんななか、なにか虫が執拗にタワー上の平九郎の周りを飛んでいることには気づいていました。いざ映画が終わった途端、平九郎はすごい勢いで虫に飛びかかり「おい、おいらが楽しく鑑賞しているのに、気が散るんだよ!お前だけは許さない」とでも言わんばかりに、タワーと書棚の上を行ったり来たり虫にパンチを繰り出すこと数十回。結局、虫は逃げ去りました。残念ながら運動能力には長けていませんでした。それでも若い頃はかなりの年齢まで遊んで、こちらを楽しませてくれました。


 物語性のあるテレビ番組を平九郎が集中して見たのは先にも後にもこの時だけです。

 ほかにお気に入りのテレビ番組は岩合さんの「世界ネコ歩き」でした。テレビ・リテラシー(テレビ文法、鑑賞法)を覚えてからすぐには、出てくる猫たち、それぞれに模様も声も違う猫たちに釘付けでした。台所の方にいても、番組の主題歌が始まると、テレビ画面の前にピタリと貼り付いて四本足で正座したまま見ている。咳でもしようものなら、キッと睨まれるありさまでした。声でしょうね。匂いは伝わらないのに、お気に入りの猫ちゃんとそうでもない猫ちゃんがあったようでした。

 ああついにこの時が来たと、わたしと妻は考えました。

 子どもの頃から、わたしや妻と同じ生物と思いながら、たまになにかおかしいと気づくこともありながらも、やはり同じだと思い生活してきました。

 それがついに猫としての自覚をもち、おいらは画面のなかのあちら側だと、猫のアイデンティティを確立してしまったのか、と。


 しかしそんな時期も数ヶ月で過ぎて、岩合さんの優しい〈声〉は好きだったようで、番組そのものはかければ見ましたけれども、猫には興味をもたなくなりました。

 そのうちにテレビを観ることそれ事態に興味を失ったようで、自然と観なくなりました。目にも負担がかかるし、それはよいことです。

 きれいで静かな音楽が好きでした。

 カザルスやグールドの演奏するバッハや現代音楽(ポスト・クラシカル)。

 ロックやhip-hopがかかると「うるさい!」と怒られました。

 この子はなにごとにも執着しませんでした。

 食べものに関しても、いつもと同じ乾き物だけ、お腹が空くと餌をねだったものですが、それでも乾き物を満杯に上げれば満足した様子で食べていました。


 草食動物であるかのように、猫草とプチトマトは例外的に好物でした。それ以外は我々人間が食べているものを欲しがったり、ねだることもありませんでした。

 草花が好きでした。

 いまの仮住まいの庭でも旧東大家畜病院のある弥生キャンパスでも、

草花の匂いをひとつづつ嗅いでたまには食み歩くのがなによりも幸せであるようでした。

 

 また体内時計の正確さにも驚かされました。

 以前の家では、妻の帰宅時間は十九時半と決まっていました。

 十九時十五分頃を過ぎると平九郎はそわそわとし始めて、二十五分ともなれば玄関先で妻を待っている。多少時間がずれても、坂の下から歩いてくる靴の音で分かるようでした。

 (このことについては、もっとずっと若い頃に犬との間で驚異的な体験を数回したのですが、平九郎のための文章なので止めにしておきます)


 また美点として、〈頑張り屋〉であったことも上げられます。

 ここ一ヶ月の不調でさすがに寝込むようになるまで、老衰をしても工夫してタワーに上ることは諦めずに、さらに毎日一度も欠かさずタワーに上りラジオ体操のようなものをしてから爪を研ぎ、タワーの高いところから飛び降りてしばらく全力で走るという狩りの「訓練」は止めませんでした。なにごとも怠らない子であり、怠らない、成長をつづける老猫でした。


※ ※ ※

 〈我慢強い〉子でした。臆病な性格とは裏腹に痛さや苦しさには度胸よく耐えました。獣医での注射など、手を患わせたことも一度もなく、はい注射ね、了解というようなものでした。帰宅してから気にすることもありません。

 左傾部リンパ腫との闘病生活が始まりすでに三年。平九郎の我慢強さと頑張り屋を差し引いてもっと労ることもできたのかもしれません。

 





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 帰宅の度に玄関でおかえり!と出迎えてくれるようになり十年と少し2。犬でもあるまいしとからかいながらもこの出迎えが嬉しかった。一時期ストレスが限界となり職場のキャンパスにいるとパニック障害のような症状が出てしまうことがあった。そうした時には平九郎の出迎えが心底嬉しく、止まない動悸と呼吸困難を和らげてくれた。無垢な顔、率直にわたしがそばに居ることの喜びを表情で表してくれる存在に救済された。

 向こうは向こうで猫らしい気ままさを幾分は残しながらも、極端な淋しがり屋だった。

 わたしが結石で入院した時には子分全員を集めて――どうやって集めたのか母猫が仔猫を運ぶ時のように口でくわえて運んだに違いないが――、自分の居場所を城壁のように固めて砦としていた。

 この写真を最初に見たときに、これはヤラセだと感じた。

 

 妻は冗談好きな人物で、わたしを笑わせるために演出して撮影した写真だと思った。ところがそうではなかった。実際に平九郎はわたしの不在を嘆きながら諦めて、寂しさを紛らわせていたのだった。


  〈みんなで一緒〉が好きだった。


 好い加減に昼食を取らなければいけない、平九郎の様子も見に行かなければと気づかせてくれたのは、iMacに向かうわたしに右側のサブディスプレイ全面に映し出されるへいくろうが、「いい加減にしろ!」と呼び掛けてくれていたからだった。

 デスクトップピクチャなどとは思われないほどリアルに平九郎そのままであるイメージは、書斎でiMacに向かっているわたしの視界の右端にいつもちらついている。この視界に残るイメージの破片がわたしにとっては「アラーム」であり、切り替えが下手なわたしを現実の生活に呼び戻して、イメージが声となるほどに神経が疲弊すると、わたしをして強制的に居間に呼び戻す役割を果たしていた。

 いま書斎に戻り、この記事のつづきを書いている間も、平九郎はサブディスプレイのなかから、ディスプレイなどという枠を感ぜさせずに実在そのものとなり、わたしを注視してわたしに呼び掛けている。ふだんからおとなしい子であったので、実在とイメージの区別が付かなくなっているのかもしれない。それにしてもリアルな平九郎そのもののようである。しかしいまはもう下に降りても空虚だけしかないことを分かってしまっている。

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平成三〇年一二月二九日 土曜日 追記


 昨日まる一日十数年来に妻とふたりきりで居間に隠り、だらだらとなにをするでもなく休養を取る。


 山となり各部屋から廊下まで並べられたまま手つかずの段ボール箱から、学生時代以来のこと、畠中訳スピノザ『エチカ』の文庫本を気になり取り出す以外のことは、ほぼなにもしない一日。Affectio corporis の訳語が思い出せなかった。



 朝起きて二日ぶりに布団を上げて窓を開け、ヨーガ、ブレイントレーニング、ラジオ体操、それぞれの数個をかたちだけやり、仕事に戻る。

 

 なによりもバルテルミ氏の新著の感想を送らなければならない。ふとわたしが永らくの間の後にパリへ行きたいとの邪心から検討していたシンポジウム、畠山直哉氏の写真集を眺めるにつけ、これはやるべきだと核心した〈人類支anthropiqueによる人類新世終局〔人新世anthropocène〉、畠山氏よりご教示いただいたナント大学の方やシンポジウムを組織するENSの若手研究班だけではなく、すでに広くヨーロッパの哲学分野でも研究・教育活動が行われていることを改めて知る。でもわたしは〈人類中心主義 anthropocentrism〉の問いを、「資本主義の夕暮れに極楽鳥は羽ばたくか?」のシリーズでわたしながらの流儀で後期近代の末路、いまここにある出口なしの後期近代の終局として考え、書かなければならない。でもそれはまだずっと後のことだ。急いではいけない。まずは本筋の研究で論文を書きつづけることが先決だ。


 ところが、書斎に上がってきてiMacに向き合った瞬間に、書くべきはバルテルミ氏の近刊著についての感想であるのに、また平九郎の追悼文の余白にだらしなく平九郎と暮らした自分への追伸を書き連ねている。


 庭先に出た部屋で読み直しメモもしてきた。いざ二階に来て、Macの起動を待ち、さてと思えば右目の傍らから平九郎が見つめている。デスクトップ・ピクチャ。


 

Bette Midler - Wind Beneath My Wings (Official Music Video)



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 一番好きだった遊びはおそらくボス席取り遊び。トイレに行っている間にわたしの定位置であるソファの場所に移動している。歯磨きをしている間にわたしの寝床の真ん中で寝転んでいる。

 趣味は睡眠中にボスの寝顔を見ること。わたしが寝入っている丑三つ時に枕元からわたしの顔をフーン、フーンと興奮しながらよく眺めていたらしい(わたしは当然のことながら目撃したことはない。しかし寝言でよくへいちゃん、へいちゃんと語りかけていたらしくもある)。慎み深く遠慮がちであったことが残念で悔やまれる。


 旅行。臆病で恐がり、乗り物嫌いなのによく旅行にも一緒に行ってくれた。みんなが一緒の思いからの気合いか。

 犬ばかりのなか宿内、食事処でも、従業員にも他の客にも注目を浴びながら恥ずかしがり屋なのによく耐えた。猫なのに早く新しい場所に順応しようとがんばった。給与が不払いとなり自動車を売ってからは電車にもすぐ慣れた。


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 平九郎、この土地もそろそろ潮時かなと中さんと話している。

 目的の地に向かわなければならない、前に進むために。前に進まずどうして生きられる。君のように努力をつづけなければいけない。


 こちらへ来てから目が覚めるとお日様が上がり庭を眺めながら朝のひなたぼっこをするのがぼくたちの日課だった。

 音楽をかけながら日光浴をする。

 いつからか君が気配に気づいて居間からやってきては合流するようになった。老体であるのに、君は自力でがんばって机のような式台に躊躇なく上るのだったね。窓に貼り付いて、ぼくが仕事に行ってしまってからも君はしばらくそこでお日様を浴びて、蝶や鳥、草を眺めていることもあった。蝶ならよいけれども、君はまったく無防備だから足長蜂だろうと足高蜘蛛だろうと、不思議そうに見つめてじっとしているのだから、こちらはハラハラしたよ。

 

 ネズミどころか虫一匹もついに捕獲できなかったね。

 毎日爪研ぎと駆け足、猛進、狩りの練習は怠らなかったのにね。

 でもそれでよいんだよきっと。君は車屋の黒じゃあない、「吾輩」でもない。


 それでも君にはがんばりすぎるところがあったから、下りるときは君は不承不承でありながらも、ぼくが抱えて静かに床に降ろした。脚をこれ以上痛めたら思うように動けなくなって楽しみがまた減ってしまうからね。


 そして君は晩年にプー太郎というかけがえのない親友であり子分と知己になった。

 根気強く、毛繕いのやり方を見せて教える君は心の優しい猫だった。電車に揺られて旧家畜病院に行くときも、君は片時もプー太郎と離れなかった。いつも自分の身体に触れる近くに一緒にいた。

 

 ぬいぐるみにも生命を感じる君は素敵だ。


 平九郎、ぼくはもう大丈夫だ。泣くことも君が往きてしまってから二日目でもう止めた。ますます研究をするようになった。手っ取り早く没頭できるものは、いまのところそれしかないからね。

 でも君がぼくに残してくれた時間と、君がぼくの目を外に見開かせてくれたおかげで、これからは忘れかけていた趣味もひとつづつ思い出しながら楽しく健康に生きようと思う。


 中さんはもう少し時間がかかるだろう。ぼくたち動物三人で楽しい時間を過ごすことをなによりもの喜びとして、なにごとも凌いできたひとだからしかたないだろう?

 でも大丈夫。


 君が善性に包まれた生きものだったから、きっと大丈夫だとぼくも言える。

 君のような者が死後に酷い運命を辿るはずがない、そう信じて安心できる日が来るだろう。


 それにしても君は天才だね。

 クリスマスに逝去するなんて、それだけでも驚きなのにぼくは気づかないでいたよ。

 初七日を終えたら新年だ!喪に服し、くよくよと感傷に浸るのも年内までだ。気分一新。ほんとうによい子だよ。配慮を怠らない。


 今年の間はいいよね?

 哲学のこと、科学のことを考えて浮き世を離れる時間は、ぼくを興奮させる。

 それでもふと君の不在を感じて刹那の間、空虚に包まれて茫然自失とすることがある。


 昨日の夜はね、眠る前にスマートフォンで論文や記事を調べていた。

 君が此処にいたなら、必ず邪魔しに来たはずだよね。しらんぷりしながら広げられた新聞の上を歩いたり、ノートパソコンのキーボードの上を歩いたり、もっと楽しく行こうよ!と君はよく妨げた。

 不健康だからね。それでも昨夜はついそうしていた。

 気になったものをプリントアウトしようと、プリントボタンを押して、「ハッ!」と我に返った。

 君がいない。十中八九居間にひとり居る。

 たいへんだ、居間に置いてあるファックス兼用プリンターが始動してしまう。


 君は怖がりだからね。プリンターの音は掃除機の音の次に嫌いだった。そんな君を恐がらせてしまった。すぐにプリンターを止めに行こう……。


 平九郎、笑っているだろう?

 ぼくは我に返っていなかったんだよ。我を忘れていた。いや君の不在も忘れて我に没していた。君はもう居ないんだ。居間にも……。


 居間に居る時に隙間風が寒いからと襖を閉めようとする時に、寝室に入り襖を閉めきらずに君が出入りするための隙間を空けて、ああもう必要ないんだと最後まで閉める時に、ぼくは君がもう此処に居ないことをしみじみと感じる。


 台所で飲み物をつくり、居間に運んでゆくときに、無造作に膨らんだ毛布を、うっかり君を踏まないようにと注意して過ぎた後にも……。

 そもそもおとなしく静かだった君は、晩年には居るのか居ないのか分からないほどであった。


 もちろん泣くことはない。悲しくなるのも数秒だ。君が此処に居ないもはや居ないと気づくだけのこと。

 

 どうしても寂しくなったら、チャーリー・ヘイデンの奏でる「ダニー・ボーイ」を聴く。君が教えてくれたのかな。あの翌朝に偶然耳に入ってきて、なんとも言えない優しい気分に包まれたんだ。君も四ビートとベースの音色は好きだっただろう?


 あれはぼくと君の一枚だ。あのアルバムはイイ。

 民衆音楽をやっているからダメだとかいうエンスーは放っておければよいよ。ジャズの成り立ちを分かっていないんだ。冒頭の曲に込められた魂が君ならよく分かるだろう?


_





 それ以来、寂しくなればチャーリー・ヘイデンの「ダニー・ボーイ」を繰り返しそれだけをかけて聴く。歌詞がないというのもいいもんだね。ぼくにはこれが君の曲であるようにしか聴けないんだ。



 聴いていると、君が天上のどこか、時間の流れもない処で、身体も抜け出して、だから寿命も空間もない永遠の処で、平和に幸福そうに揺られている姿が目に浮かぶ。

 ぼくは人間界にある煩悩の塊だからね、君が揺りかごのようなものに仰向けになり宇宙の波の間に気もちよさそうに眼を閉じている、そんなイメージでしか思い浮かべる力がない。


 ぼくもこれで目標が出来た。大それたことだよ。叶わないとも分かっている。

 それでも寂滅できるように、寂滅と善行が関係ないとしても、気休めになるように、修行に励む、特別なことをするわけではない、君に匹敵するほどに立派な人格をもち正しい道を歩むこと、これがぼくの修行だよ。


 君と交わした秘密の合図の約束は、ぼくたちが輪廻を解脱できない、また時間のなかで空間に身体をもつ苦である生を生きることを当然視していた。そうじゃない。君はもう天上より下のどこにもいない。だからまた逢うことができるとしたら、それはぼくが立派に生きることでしか願っても叶わないないんだ、君のように立派に優しくね。


 平九郎、永遠の時間に在る君とは違いぼくはまだこの生を生きなければならない。だからひとまずお別れを言うよ。


 君はぼくの最高の友人、唯一無二の親友だった。君はぼくたち三生物の家族の欠かせない一員でありつづけた。

 君は子どもだった。やがて同じ君がぼくの親となった。そして看取った。


 最初はぼくが人生と社会生活の先輩だった。やがて同輩となり、君は追い抜いて先輩となった。


 ぼくたち家族の人生を豊かなものにしてくれた。

 いつでも長閑さとどんな時にでも笑いとを与えてくれつづけた。


 ありがとう。

 ぼくたちは君と暮らせて幸福だった。



 平成三〇年一二月三一日 月曜日 追記







_______________________________________________________ 

_________________________

[後日談]

 へいくろう。ブノワたちが来た、箱根で会った。

 十国峠でとても悧巧なハリア・ハウンドに逢った。犬は懐っこいね。

 ねこの博物館にやっと行った。君の先祖たちの立派さに驚嘆した。なにか可愛らしい英国からの猫ちゃんに少しなでさせてもらった。


 この日だ。ついに散歩の一万歩を達成したんだ。

 八王子の大将に倣い始めたものだよね。古くは奥多摩湖のおじちゃん先生の健脚にも畏敬の念を抱いた。でも自分とは違う、自分は無理だと思っていた。


 八王子のおじちゃんに至っては二万歩計で毎日だったよね。

 これは異次元の世界だ。

 仙台のお兄ちゃんも身体をいつも鍛えて散歩も忘れない。


 ぼくは疲れたら君の横に寝そべるだけ。

 切り替えができないから、散歩や食事の気力がなくなるまでエネルギーを仕事に使い果たしてしまう。


 数年前、そんなぼくにも突然に自由に使ってよい時間が降ってきた。

 だから散歩やらインターヴァル・ウォーキングやらやっていたよね。服装だけいっぱしのアスリートだか、変な中年男か分からない格好で出かけるぼくを、君は不思議そうな目で眺めていた。

 ふつうのネコなら、わざわざ歩いて疲れるなんて阿保かいと言うだろう?

 君は寂しいから行って欲しくないのが一番だったけれども、第二にぼくに無理をするなと目配せして気遣い、見守ってくれたね。


 まあ、それもサボりサボり。サボりがつづくと間隔が長くなり、五反田を去り、不死身のひろ(テツにはなれやしない)こと World Wonderring 見習いとなってからは、まったくといってよいほど歩かなかった。


 景色も気分しだいだ。心がけよく歩いて回れば、歩きたい、訪れたい場所はたくさん見つかる。気分がすべてだ。

 気分をよくするには歩く、身体を動かす、自然や生命に触れる、これが一番だ。音楽もニコチンも一過性のものでしかない。



 まあそれでネコの博物館に行き、やっとのこと一万歩を達成したわけだ。


 運動することでの身体の疲れはとても快適だ。空手教室を辞めて以来のことだ。

 身体が疲れると、頭も休まる。脳ばかりが疲れて、脳から身体が疲れる状態が最悪だ。帰宅後、心が晴れ晴れとして、身体は疲労で麻痺状態のようであるのに、心は元気に満ちていた。バランスだね。


 その日は疲れてぐっすりと寝た。久しぶりのぐっすりだ。

 やはり目覚めても気もちよい。


 その日以来、ぼくには珍しいことに三夜つづけてはっきりとした夢を見た。

 

 そうそう、へいくには報告していなかったけれども、一々報告しないでも知っているだろうけれども、正月に中さんは茄子の初夢を見た。大さんは翌日国道で鷹を見た。そしてブノワとザカリと一緒に箱根から富士山を見た。


 熊野三山詣でをした時には、天河から本宮の間で犬と仲良くなり、猿にレンタカーを襲われ、新宮への道中で立派なキジと出会った。帰りの新幹線で桃太郎とは会えなかったなあと話していれば、車中の電光ニュースで「政界の桃太郎死去」のニュースだ……。あの時君はどうしていたんだろう。さいとう先生のところでお留守番だったかな。一緒に行けたらよかった。悪いことをした。



 そう夢の話だ。


 一日目の夢は説明するのも長く難しくなるとても奇妙で意味のある物語だった。

 内容は君も知っているのだろうから、話さない。あれが奄美大島だ。察しが付いただろう。しつこく聞かされていたからね。宿のご主人、君が見たのは西表の竹盛さんだ。なぜかぼくはチェックアウト前になり、やっと到着したばかりの中さんも待たせたまま、宿のDVDレコーダーを修理している。家のものが壊れかけていることを心のどこかで心配していたかな。


 久しぶりに夢を見たと喜び、少し驚いていると、その次の夜も見た。

 たくさん見ているのかもしれないけれども、覚えているのは起床前の数分のひとつだけなんだ。自然な目覚め、レム睡眠、身体と脳の調和、よい兆しだ。眼球を動かすことはとてもたいせつだ。君は本能でよく知っているだろうが。


 二日目の夢は、まっきーだ。知っているだろう、高校時代からの大さんの親友だ。

 どこの居酒屋か、若い頃、まだみんなで奥さんたちも一緒に遊んでいた頃、行ったことがあったか。そういえば大野のスリック・カート上の話を散歩途中していたかな。その影響か。居酒屋のカウンター席と、白木の厚いテーブル席とを行ったり来たり、三人だ。しげきじゃない。もうひとりはなんとまっきーの奥さんだ。そしてなぜかふたりが喧嘩を止めない。なんの言い合いであったかは思い出せない。ともかく大さんはカンターでもテーブルでも間に挟まれてどうにか丸く収めようとしている。

 もちろん夢はこちらの心が一方的に投影されるわけで、夢に出てくる相手には関係ない。なんとなく考えずにいたことが、寝ている間に心(意識ということばは知らなかったね?)の切っ先に這い出てくるだけのことだ。たぶんいつも心配してくれるまっきーのことだから、心配かけているんじゃないか?その思いが反転して都合良く自分が仲裁役となった夢だろう。

 たぶん、長く仕事で、その後は東京を後にして、義理を欠いていることを気にしていたのかもしれない。最近では研究の方に夢中で、繋がっていたネット上の頼りも、日常のことなど書きはしない。あの三、四人やその周囲に大さんはいつも助けられて来たんだ。


 さらに三日目の夢。つまり今朝方だ。


 今度はなんと國分君と来た。駒場だろうか。豊中だろうか。どこかのキャンパスのなにかのパーティーか打ち上げの懇親会のようなもの。でもぼくらは屋内ではなく建物の間を歩いていた。歩きながら話して、会ってみればなにも昔と変わっていない、やはりよい男だと夢のなか安心していた。

 「原さん、よかったらお茶……?」と誘ってくれたことも嬉しかった。そこで色々と知らなかった実存的な苦労を聞かせてくれた。それは知らなかった、悪いことしちゃったと言っても、昔ながらの一笑だった。空手はまだやっている?極真だったっけ?と訊こうとした瞬間に目が覚めた。


 夢はひとりで見るもの。それでもひとりで生きているならば、社会に生きないならば、夢に知己の人物や縁の土地が出てくることもない。へいくろう、君はよく夢を見て、実によく寝言を喋っていたけれども、長いこと散歩もしない家猫だった君がいったいなにを材料に夢を見ているのか、ぼくたちには不思議でよく話題にしていたよ。


 ともかく意識にあるのでなければ夢は見ない。ぼくは精神分析の話をしているんじゃない。無意識も、前意識も、意識は意識だ。あるいは記憶という潜在的な意識だ。

 だから夢のなかで意識に上る以上、ぼくはそのひとたちやその場所に「借り」があり、借りを返していない。



 昨日はまっきーにショートメッセージを送ったので(あいつは大丈夫なのかい、へいくろう?)、きょうはまた少しでも國分君のスピノザについて書く時間をつくるよ。



 へいくろう、君は夢にまだ出てきていない。

 理由として思い当たるのはふたつだけだ。


 君はぼくの潜在意識となっていない、つねに意識のなかにある。言い換えれば習慣として意識にはっきりと上らなくても、意識をしなくても、意識下のようなものとしてぼくの側にいつでも居る。君自身は居ないんだ。居たらたいへん!(頼みようにも三浦の神しゃまももういない)。君は居ない。君は別の世界に行った。願わくば成仏した。


 あるいは、君はすでに別の世界でぼくたちを見守り、文字通りに護ってくれている。理由は分からないけれども、そうした君の思慮と工夫により、君はぼくの夢にはまだ出てきていない。思慮ではなくて愛着でも構わないんだ。それだけ愛してくれてぼくたちは幸せだよ、へいくろう。


平成三一年一月一七日 記す


――――――――――――――――――――――――――――






(未完、未定稿) 

––––––––––––––––––––––––––––––––

1 妻がつけた平九郎はこのようにわたしたちを想像しているのではないか呼んでいるのではないかとの呼称。妻は中くらいのネコ、中さん。平九郎は小さいネコ。わたしは大さん。

平九郎、君にはなんども話したけれども、ほんとうは「平九郎」という名前は君のお母さんのものだったんだ。この名前も冗談好きな「飼い主」さんが漫画から拝借したものだけれどもね。

横浜に住んでいた頃、まだ君がこれから生まれて来ようかという時の話だ。ぼくたちの家の一角は猫天下だった。猫好きのひとたちが集まったんだね。飼い猫が居るのはお隣だけだったのに、どの家の前にも水やごちそうのお皿が並べられていた。ここは車も容易に入れないところだったので、野良猫たちには天国のような場所だった。梅、カンパチ(君の姉さんである男前の雌キジトラだ)、その弟の男爵、ほかにも梅パパやウシ、サバ、田吾作くんだのたくさんの猫が居て、時には家のトタン屋根の上で夜を徹して果たし合いをしていたり、ガラガラ、ドタン、ゴロゴロゴロ、ニャーとかね、帰宅して数時間経ってから書架の隙間に男爵がいつの間にか入り込んでいて恐がって出てこれなくなっていたりね、色々なことがあった。
カンパチは、前夜に翔Shoか紅新館に向かう途中の霧笛楼で生まれて一週間も経っていない小さな仔猫たち六匹のなかのひとりだった。気づくと翌日の午後に家の裏のスペースに来ていた。大さんと中さんには不思議とこうしたことが何回かある。ぼくたちの大親友の家族、ジェフとみきちゃんの家を訪ねたときに、猫の「耳太郎ちゃん」が夜中に来てベッドで一緒に寝てくれた話はしたよね。

たくさんの個性とユーモアに溢れる猫たちの間でもぼくが忘れられないのはへいくろう、つまり君の母さんだ。

その子は山手に向かうあのルネッサンス文学研究の随筆家が住む坂の家の手前、ぼくたちの家の一角に入る道、君の母さんが朝夕にたくさんの女子高生たちに撫でられて気もちよさそうにお腹を出して背中をこすりつけていた道路、あの通学路の小径へと折れ曲がる角の家の周辺が縄張りだった。

一番温厚な猫だった。ぼくたちは角の家の若い夫婦の飼い猫だとずっと思っていたよ。だって旦那さんが日曜日に庭横の駐車場で洗車をしていると、母さんへいくろうは、空けられたボンネットのエンジンの上で昼寝をしているといったありさまだったからね。ところがただの野良猫だったんだ。あの一角ではみんながみんなの猫を共同で飼っている、生きることを少し助ける代わりに、猫たちと戯れる喜びを頂いているという感覚が共有されていた。

君の母さんとはすぐに仲良しになった。

誰にでも親切な猫だったんだ。

その頃のぼくたちはフランス留学から帰国した直後、浦安の母が住む家で暮らしていたんだけれどもね、長姉から母に電話があり「その家にはわたしだって権利があるんだからね」と言われたとか、薄気味悪がって不眠になったぼくのおふくろは、「申し訳ないけれども一週間以内にここを出て行って欲しい」と言う。もともと無茶なことばかりの母だったけれども、自らの娘を鬼と呼びひとでなしと嘆き怖れていたんだからしかたない。

 ぼくたちは翌日には横浜一帯の賃貸物件にあたり、あの石川町の家を見つけたんだ。そこで君の母さんと出逢った。

 当時は、横浜の弘明寺、埼玉の朝霞、文京区の白山とあちらこちらの大学へ早朝に出かけては夕刻に帰宅していた。

 どこから帰ってくるにせよ、石川町駅からモータウンと老舗洋食屋との角の坂を上り、君の母さんの縄張りまであと二十メートルというところになると、坂の上方から「にゃあ、にゃあー」と高く優しい声で呼び声が聞こえる。そしてあと十メートルというところで君の母さんといつも出会うんだ。ああ、お帰り、お帰り、久しぶりだにゃあとね。朝会ったばかりだというのに。そうやってぼくは疲れも忘れて、角を曲がり一番奥の家に帰る。そして研究と学業をやることができたんだ。

 君はね、そのお母さんへいくろうに、模様も体形もそっくりなんだよ。だからへいくろうという名前をつけた。繰り返し聴かされて嫌だろうけれどもね。性格も顔立ちや眼もよく似ていた。君は男だったから大きさはずいぶんと違う。君は大きかった。

 君が食べものを取れずに雑草だけで野良暮らしをしながら死にかけていた時に、優しい夫妻に救ってもらったのは保土ケ谷と人間が読んでいる場所でね、その保土ケ谷はぼくたちの暮らした横浜中区から近くはないけれども、猫が一週間以上をかければ歩けない距離ではない。

 だからぼくたちは、君は母さんへいくろうの子どもとして生まれ、その後彷徨って保土ケ谷まで行った、あの母さん猫の子どもだから平九郎という誰も信じないし、ぼくたちだってなんの確証ももたない想像のなかで、名づけられたんだ。





2020-01-01

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2018-12-24

ますます執筆旺盛バルテルミ氏

 すでに次作の噂も。

 

Amazon.fr - La Société de l’invention : Pour une architectonique philosophique de l’âge écologique - Jean-Hugues Barthélémy - Livres: “”

 

 

 

 

 

 

 

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2018-12-21

100分 de 名著 スピノザ『エチカ』 國分功一郎

100分で名著 國分功一郎 スピノザ『エチカ』 2018年12月19日 水曜日 記す  数年ぶりにNHK教育テレビ※1「100分 de 名著」を観た。國分功一郎によると聞き及び、またスピノザでもあったので。  國分さんとももう十年ほど会っていないし、久しぶりにテレビ画面で姿を見るのもよいだろうと。ほとんど変わっていな...

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2018-10-04

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2018-09-26

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大学ランキングに収まらない出口なしの歴史的転換となる世界不況のなか

   さきほどTwitterに大学ランキングについて一言愚痴りました。このブログの右上にAPIで表示されているものです。その続き……  ……とはいえ留学生の獲得が先進諸国の大学で死活問題となっていることは事実。ただその際の方途として「世界大学ランキング」の情報戦略(諜報)に乗っかって、上位に入るために各大学の伝統を曲げてランキング流の「型」(総合大学、大規模、多数学部等々)に嵌まるし...

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日本語能力向上塾:「重複」の意味

書物の時代がもたらした「文化」の時代はひとまずまた終わった。リアルタイムに近い速度で書き、読む。思考の時間なく書かれ、思考のうねりの跡を追って読む時代は終わった。思考なき読み書きの時代。ネット用語がマスメディアへ、巷へ、日本語が崩壊している。「野蛮」の時代の教養、日本語編。「日本語能力向上塾」

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2018-05-24

日大アメフト部問題

(口述速記 読み直し&校正なし)  報道を読み多くのひとが酷い事件だと感じているに違いない。  これは特殊な事態ではない。  一九九〇年代末から多くの私立大学で、「体育会精神」の教員や理事、職員が要職を占めるようになり、気づいた頃には手遅れ。  九〇年前後の空前絶後の大学入学試験受験数から一気に少子化。バブル崩壊は投機をやっていた大学の経営基盤を揺るがせた。  少なくない大学での〈広報〉の...

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2018-03-16

3月の写真

PCを使えないのでとりあえず記事としてアップ...

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日本語崩壊

最近BGT(バックグラウンドテレビ)をかけていると日本語の誤用もそうだが、激しい発音の変化がやたらと気になる。 すべてが「グーグル」流。グーグル・・・・ 英語では、グーグル● ・語頭に強勢がある。元の日本語も、本局ほんきょく●・・ ・が、ほんきょく・・・ ・に。西日本の人なら普通に感じること多々あれども、東日本育ちの野蛮人には耳障りというより衝撃である。数年前に野球選手の固有名、唐川 が、...

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社会は明るいのか

近畿財務局職員が経験したことも、前川前次官講義内容監視の一件も、わたしは特別に驚かない。狭い世界に生きていたため、社会は存外まともで、責任を持って働く職員ももっと多く、情報も風通しも組織では健在であるのか。そう考えると幾分心も和らぐ。センター試験に代わる英語等民間試験への対応もまともで。政治や宗教、政権の協力勢力の一部者にすべての教育機関が乗っ取られてしまったわけではもちろんないのだと安堵する。反...

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2018-01-24

【文藝・思想時報】2.PDF版 書評(紹介と考察・批評) 森一郎『世代問題の再燃』、明石書店、2017

【文藝・思想時報】2.書評(紹介と考察・批評) 森一郎『世代問題の再燃』、明石書店、2017     PDF版[暫定公開] 森一郎著『世代問題の再燃』時報 紹介・考察・批評 葉良沐鳥 平成三十年一月二十二日 ☆縦書きPDF版(書評本文、補記、附論) PDFは暫定公開、直に公開停止します。 __________________...

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森一郎『世代問題の再燃』書評に寄せて——増山実『空の走者たち』(小説)内容との共通点

  余談 増山実『空の走者たち』における世代出産性の問い  増山実が二〇一四年末に刊行した小説『空の走者たち』は、いくつかの主題が本書や森一郎の3.11以降の思索と重なる。〈世代〉、〈継承〉、〈ジェネラティヴィティ〉など。この小説は円谷幸吉のあったかもしれない人生をストーリーの中核としている。円谷幸吉は東京オリンピック男子マラソンの銅メダル選手であり自衛隊員である。若い...

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【文藝・思想時報】2.書評・考察・批評 森一郎『世代問題の再燃』、明石書店、2017

【文藝・思想時報】書評・考察・批評 森一郎『世代問題の再燃』、明石書店、2017 葉良沐鳥 平成三〇年一月一八日  「世代問題」は、かつて先進諸国と呼ばれた国々に共通する時代の病である。世代間格差であったり、国家内の世代別人口比率や出生率、労働者不足問題等々、さまざまに呼ばれるものの、これらの呼び名はしかしながら多岐多...

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書評の予定について

   あと4本書くべきものがあります。読者に紹介すべきもので、自らも書きたいもの。 メインの仕事を滞らせてしまい、4月からのこともあるので、まず2本書いたところで小休止します。  著者、読書人ほか、任務を果たせず恐縮ではあるものの。 期待せずに忘れてお待ちください。...

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日本語能力向上塾 日本語テスト 3.

日本語テスト 3.

問い
 下記文言中の一語を正しい日本語に置き換えなさい。
 (発言者は怒っており人目のないところで話したい、ないし脅したいと思っている状況)。

「手を貸しな!」(邦画作品、台詞)

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日本語能力向上塾 日本語テスト 2.

日本語テスト 2.

問い
 下記文言中の「一通り」を同等あるいはより適切と思われる日本語(かな漢字四字)に置き換えなさい。

ヒント
 うわべだけの疎かな愛情ではないことを意味する。
 おざなりではないこと。
 
「○○の××に対する愛情は一通りのものではありませんよ!」(ANN系列ドラマ 番組台詞)

 

 

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日本語能力向上塾 日本語テスト 1.

 

日本語テスト 1.

 

問い
 下記文言中の一語を正しい日本語に置き換えなさい。

 

「貴乃花自体が体質改善しなきゃいけない」(FNN系列 バラエティー番組 コメンテーター発言〔元政治家・芸人〕)

 

 

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カイエ・デュ・シネマ誌 2018 今年度最も期待される映画作品 Cahiers du Cinéma

Cahiers du Cinéma: "Virgil Vernier"   トップにグザヴィエ・ドランの新作『ジョン・F・ドノヴァンの生と死』、時代ですか風潮ですか。 個人的にはヴィルジル・ヴェルニエの新作『Sophia Antipolis 』をまず観たい。   ※以下オリジナル・ページより Janvier 2018 – n°740 Lire...

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2018-01-23

Auf der Spur des umstrittenen Philosophen: Heideggers Hütte - Kultur - Stuttgarter Zeitung

Auf der Spur des umstrittenen Philosophen: Heideggers Hütte - Kultur - Stuttgarter Zeitung: ""   Auf der Spur des umstrittenen Philosophen Heideggers Hütte   Von Mirko Web...

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2018-01-22

お知らせ 実存思想協会 春の研究会のお知らせ   2018年3月14日(水)14:00-18:00 東京大学・駒場

実存思想協会: "" 以下、オリジナル・ページより転載     実存思想協会 春の研究会のお知らせ    日時2018年3月14日(水)14:00-18:00場所東京大学駒場キャンパス 18号館4階コラボレーションルーム1(入場無料、事前申込不要)アクセス京王井の頭線 駒場東大前下車地図 A   個人研究発...

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2018-01-18

【文藝・思想時報】1.書評 柄谷行人『坂口安吾論』、インスクリプト、2017 附「日本文学全集にとって〈原文〉とはなにか?」PDF版[暫定公開]

【文藝・思想時報】1.書評 柄谷行人『坂口安吾論』、インスクリプト、2017 附「日本文学全集にとって〈原文〉とはなにか?」    PDF版[暫定公開]         柄谷行人著『坂口安吾論』評 補記 評者にとっての精神分析と文学 葉良沐鳥 平成三十年一月十五日       ☆縦書きPDF版(書評本文、補記、附論) PD...

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2018-01-16

日本文学全集にとって〈原文〉とはなにか? ——【文藝・思想時報1】柄谷行人著『坂口安吾論』に附する

                        「日本文学全集にとって〈原文〉とはなにか?」 葉良沐鳥 平成三〇年一〇日         図一 「浮世絵ってなんだ?」展図録、馬頭町広重美術館、平成十六年より        図一はいわゆる横浜絵。歌川貞秀「五箇国人物図絵」文久元年(一八六一)。オランダ人を解説する文章は仮名垣魯文の筆による。錦絵から瓦版への過渡的作品、ニュース―新聞の時代であるのは...

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«柄谷行人著『坂口安吾論』評補記 評者にとっての精神分析と文学

○precaires

【銘】

  • 朝に死に夕に生まるゝならひ たゞ水の泡にぞ似たりける 不知生まれ死ぬる人いづかたより来りていづかたへか去る 又不知仮の宿り誰が為にか心を悩まし何によりてか目を喜ばしむる (鴨長明『方丈記』)

  • 粗暴になることなく、きまりにしたがって、公正なしかたで他人を導く人は、正義を守る人であり、道を実践する人であり、聡明な人であるといわれる。(釈尊、中村元訳)


  • 夫天地者万物之逆旅、光陰者百代之過客(李白「春夜宴桃李園序」)


  • 如行雲流水 初無定質 但常行於所當行 常止於不可不止(蘇軾「宋史, 蘇軾 子過」)


  • 人生無根蒂 飄如陌上塵 分散逐風轉 此已非常身   

    (陶淵明「雑詩)

     

【詩とことば】

  • まだあげ初そめし前髪の 林檎りんごのもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり やさしく白き手をのべて 林檎をわれにあたへしは 薄紅の秋の實に 人こひ初めしはじめなり わがこゝろなきためいきの その髪の毛にかゝるとき たのしき戀の盃さかづきを 君が 情 酌くみしかな 林檎畠の樹の下に おのづからなる細道は 誰が蹈みそめしかたみぞと 問ひたまふこそこひしけれ (島崎藤村『若菜集』より「初戀」)

  • まことの人は智もなく徳もなく功もなく名もなし 誰か知り誰か伝へん これ徳を隠し愚を守るにはあらず 本より賢愚・得失の境にをらざればなり(吉田兼好『徒然草』)

  • 名利に使はれて閑かなる暇なく一生を苦しむるこそ愚かなれ 宝多ければ身を守るにまどし 害をかひ累(わづら)ひを招く媒なり 身の後には金をして北斗をささふども人のためにぞわづらはるべき 愚かなる人の目をよろこばしむる楽しみまたあぢきなし 大きなる車 肥たる馬 金玉の飾りも 心あらん人はうたて愚かなりとぞ見るべき 金は山にすて玉は淵に投ぐべし 利にまどふはすぐれて愚かなる人なり(吉田兼好『徒然草』)

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教養への一歩 300冊 現代の教養に必要な現代の古典 (2018年再開 哲学・認識論研究者)

今朝の(教養的な)本 (|2004-2008 ※表象メディア論担当教員期|→お蔵入り)

1980年代リスト(増補)

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主な著作と訳書

今日の一枚

  • Serge Gainsbourg - プレヴェールの歌/セルジュ・ゲンズブール

    プレヴェールの歌/セルジュ・ゲンズブール
    Serge Gainsbourg: La Chanson De Prevert

    ←RTSのサイトで聴く♪

    ねえあれが君の歌だと思い出して欲しいんだ。

    プレヴェールの詩にコズマが曲をつけたんだったっけ、

    君のお気に入りの歌だっただろう?


    枯葉が君を僕の思い出のなかに呼び覚ましてくれる度に、

    来る日もまた明くる日も枯れて死滅したはずのふたりの恋は、

    決して死滅で決着などつけられないと気づくんだ


    違う誰かとだったらもちろん諦めるさ。

    彼女たちの歌は単調だ、

    少しずつどうでもよい気分になる、

    それはどうにもできないことさ。

    〔…〕

    いつ始まるかなんて誰にも分からない

    無関心がいつ終わるかも

    秋が過ぎ冬が来る

    プレヴェールの歌、あの「枯葉」が僕の思い出からいつ消えるのかも

    誰にも分からないことだけれども、

    その時にはぼくたちの恋はやっと終わるんだね。

    (★★★★★)

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教養的音楽・映画

  • 「あなたの好きなものを50数え上げよ」といわれれば、画家・田中一村と奄美の群島はまちがいなくはいる。それほど思い入れのあるテーマの映画がつくられたことがうれしい。過不足ない作品ならそれだけで星5つだが、思い入れのある分辛口採点にならざるをえない。役者陣は抜群の名優ばかり。ただし、榎木孝明の演じる一村は、とくに若い時代の頃の奇抜さが、わたしが伝記史料や作品から描いていた一村とかなりちがい違和感があった。しかし晩年に近づくにつれ一村そのものとなったので安心した。でも、もうすこし寡黙で静かな感じだったんではないかな。それと作品が、「伝記」なのか「フィクション」なのか位置づけがあいまいすぎる。人間関係や千葉から奄美への道程、少女「アダン」など演出が多数ありフィクションの要素が強いのに、あるショットをある絵画作品のインスピレーションのように演出したり、残存する一村のスナップ写真を意識したショットなど、伝記事実とフィクションの区別が判然としない。最後に、パンフレットでは、がじゅまる、アダン、そてつ、アカショウビン、ルリカケスなど奄美の自然が宣伝されているのに、必ずしもその美しさをおさめきれていないように感じられた。
    五十嵐匠監督: アダン
    (★★)
  • :
    エビータエビータ
    マドンナ アラン・パーカー アントニオ・バンデラス

    パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン 2005-08-19
    :ミュージカルが嫌いなひとでも楽しめます。やはりチェを描いた『モーターサイクル日記』も同じですが、映画はそれがドキュメンタリー仕立てであっても強烈に「物語」を構築しますね。
    (★★★)
  • :
    B00005GWZO

    (★★★★★)
  • :
    4838715951

    (★★★★)
  • :
    B00005GXM1NUDE MAN

    (★★★★★)

[放映中・予定]映画とドラマ

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